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学生の頃からTYE-2に憧れてデイトナの切抜きを筆箱の中に貼り付けて
毎日眺めて何時かこの車に乗れる日を夢見てた青春時代。
時は流れ1993年23歳の時、たまたま通りかかった車屋さんの店頭に
その車は有りました。1964年式 VW TYPE-2 11WINDOW Combi
当時北海道ではまだまだ目面しく3台しか無かった時代悩む事無く購入。
おじいちゃんとおばあちゃんが手を繋いで踊るチャーミーグリーンの
CMに使われた実車(タレントカー)だった。道行けば指を指され
駐車すれば写真を撮られ、恥ずかしいが気分は悪くない的な気持ちはプライスレスだった。
キャンプの時は優しく包み込み、ナンパでは比類無き威力を発し
経営する美容室の象徴として名物看板として日夜働いてくれた。
以来最高の相棒として11年間一緒に暮らして来たのだが
23歳の中級美容師だった私も気がつけば33歳に差し掛かった頃
人生の転換期に有る大人の事情で泣く泣く手放した。
一度手放したら二度と乗れないと覚悟して大きな決意で売ったので
後悔は無いはずだったが・・・・・・・・毎日毎日後悔してた。
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後悔の毎日を重ね2年間後2006年4月末日CLEVELANDのBOSSに
ふとした電話から1台のTYPE-2と運命の出会いをする。
奇しくも再び1964年式。 VW TYPE-2 21WINDOW
それはまさに運命。
運命が加速すると面白い程に事が進む。
TERA氏、高速機関工業氏、A2c氏との出会い。
そして協力してくれた皆のDNAと想いを受けて
有りえない程のオーラを放ち、どぶねずみ号が誕生した。
限りなく進化を繰り返し真価へと近づく。
何か行き急ぐかのように・・・・
2008年9月24日
悪夢は突然やって来た。招いてもいないのに・・・
大事故。
ICUで意識が戻る。
生きてるのが奇跡と言われる程の大事故だった。
原形を留めれない程グッチャリと潰れたどぶねずみ号。
死すら必然の事故だが骨折と、幾らばかりかの怪我で奇跡的に助かった。
後ろを追走して事故を目の当たりに見た友人は言う
「奇跡じゃないよ。どぶねず号が助けてくれたんだよ」
シャーマニズム論をどんなに唱えても信じて貰えないかもしれませんが
僕は、どぶねずみ号には魂が宿ってたのだと身をもって確信しています。
そして・・・心から言いたい。
どぶねずみ号。
僕の命を守ってくれてありがとう。
君と過ごせた怒涛の2年間、僕の中では最高の伝説です。
ずっとずっと君といっしょです。。。
そして・・・・2009年。
運命の加速が再び・・・・・・ |
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